外角低めな経営道

キツめの記事を書いてます。

節税なんて無理です

「いかに節税をしているか?」を自慢する零細企業の経営者がいる。
少しの黒字、少しの赤字程度に調整していることを自慢げに話す人もいる。

しかし、こんな人はただの無知。
そして、たいして儲かっていない。
節税できることなんて、実は少しのことなのだ。

節税できる制度には限界値が決まっている。
限度額まで利用したら、もう利用できない。
そもそも、そういった制度は零細企業のための優遇措置なのだ。
その限度額を使い切っていない企業の利益は些細なものだ。

税制度というのは本当によくできている。
減価償却」というルールがあるので簡単に利益を経費に変えることはできない。
買った時点で経費になるという考え方ではない。
使った時点で使った分だけ経費になるという考え方だ。
儲かっている会社からは確実に税金を徴収するために緻密に考えられている。

もちろん、節税方法がないわけではない。
しかし、十分な知識やセンスがないと「元本割れ」するようなリスクのあるものばかりだ。

というわけで節税なんて無理なのだ。
むしろ、節税と思って脱税している人の多いこと多いこと。
どちらにしろ、節税を自慢するのは無知の証拠というわけである。

公務員と経営者の決定的な違い

経営者は人員を削減する努力をする。
コストを削減すれば利益が増えるからだ。

経営者は商品・サービスの価値を高めるために努力をする。
価値が高まれば利益が増えるからだ。

小学生でも分かるごく当たり前の民間企業のルールだ。
しかし、公務員は違う。

公務員は人員を少しでも増やそうとする。
自分の仕事が楽になるからだ。

公務員は面倒な仕事を派遣職員や外注業者にやらせる努力をする。
自分の仕事が減るからだ。

つまり、経営者はコストを減らす努力をする。
しかし、公務員はコストを増やす努力をする。

遊ぶのは30代からで十分

よくこんなことを言う若者がいる。

・若い時にしかできないことをするべきだ!
・若い内にしっかりと遊んでおくべきだ!
・仕事ばかりの人生なんてつまらない!

私のここまでの人生の結果から言うと若い時にしかできないことなんて殆ど無い。
体力があるという優位性くらいしか思いつかない。
むしろ、歳をとってからの方ができることが増えて充実している。
そして、若い時とは比べ物にならないくらい遊ぶことができている。
仕事もどんどん楽しくなってくるし、趣味もどんどん増えてきた。
歳を重ねる毎に自由になる。

それでは、若い時にやっておかなければならない本当の事とはどんなことなのか?

1.金を稼げるようになる
2.教養を身につける

おおよそこの二つだと思う。

まず金を稼げないと人生が積む。
常に金を心配をして生きて行くのは不幸だ。
その時に持っている金の量など関係ない。
その時に必要な金を稼げる能力を持っていることが重要だ。

次に教養がないと粗悪な人間関係の中を生きることになる。
安いものにしか飛びつかず、無料のサービスで時間を浪費する人達で構成される人間関係だ。
そういった人間関係は、軽く、脆い。
いくら心優しい人であっても、他人に手を差し伸べる余裕がない。

粗悪な人間関係の中にいるとこんなことを叫び始める。

・誰も助けてくれない
・みんな自分のことしか考えていない
・人間不信だ

こうなってくると人生が積み始める。
未来は会社や上司や政治に文句ばかり言う他責人間にほぼ確定だ。

一方、ある程度金を稼げて、教養も身につけた人はどうなっていくのか?

・自分自身の成長に十分な投資を続けられる
・周囲の人間との高度な会話から新しい知識を身につけられる
・それほど時間を消費せずに金を稼ぐことができる
・趣味や遊びに多くの時間と金を利用することができる

金がなく、教養もない人とは真逆のスパイラルと言って良い。

さて、それでは、どのようにして金と教養を手に入れるのか?
まずは金を稼ぐことが重要だ。
持たざる者が最初に利用できるのは時間だけ。
だから可能な限りの時間を仕事へ投入して経験を積む。
そして、その経験が金になるように死ぬ気で努力をする。
これさえできれば、最低限の元手資金は手に残るはずだ。

元手資金は何に使うのか?
元手資金は全て自分の成長のために使う。
最初は技術や専門知識を手に入れるために使う。
余裕が出てきたら教養を養うために使う。
その次に新しい人を出会うために使う。

実はたったこれだけのシンプルなことなのだ。
しかし、これができる人は全体の1割もいない。
だからそれと比例して年収1000万以上の人が1割いないのだ。

ちなみに、30代になってから急に意識が高くなる人がいる。
しかし、そういった人のほとんどは「意識高い系」止まり。
同僚や周囲の人からも疎まれ、成果も出せないことがほとんど。
優秀な人は20代にこそ頑張るのだ。
そして、20代を超えてからではなかなか取り返せない。
これが現実だ。

昔の従業員に謝りたい

私は昔の従業員に謝りたいと思うことがある。
特に創業当初を共にした従業員へ。
その中でも結果的に退職してしまった従業員へは深く謝りたい。

なぜか?
それは「私が未熟だったから」という一言に尽きる。
もちろん、今でもまだまだ未熟なのだが、創業当初は今とは比較にならないほど未熟だった。
そのせいで辞めてしまった従業員がいる。

創業当初は会社が儲からなかった。
だから十分な給料なんて渡せなかった。
それでも勢いだけはあるため、業務は猛烈にこなした。
その勢いに引っ張られて、従業員も業務を猛烈にこなしていた。
今思えば完全にブラック企業だった。

創業当初の私は感情的だった。
当時は同級生や知り合いしか従業員候補はおらず、その知識も経験も0の素人に夢を語って会社に引っ張ってきた。
しかし、教育のノウハウなど皆無。
力任せな理想に満ちた感情論ばかりを語っていた。
感情的になって辛く当たったこともあった。
今思えば完全にパワハラだった。

経営者が無能だと会社に利益が出ない。
結果、従業員の給与は安くなる。
つまり、経営者に能力がないと従業員を不幸にしてしまう。

経営者が未熟だと従業員は本気を出せない。
結果、会社の統率がとれず従業員の成果に伸び悩む。
つまり、経営者にリーダーシップがないと従業員を無駄にしてしまう。

人を雇う前には、しっかりと腹を括る必要がある。
また、雇ったらもう止まれない。
経営者として精進し、ひたすら走り続ける覚悟が必要だ。

売った人が一番偉い

仕事の中で一番重要なのは商品やサービスを売ることだ。
つまり、売った人が一番偉い。
これはほとんどの場合に言える商売の基本原則だと言って良い。

「売る=営業」というわけではない。
営業担当の力だけで商品やサービスが売れるわけではない。
販売戦略も含めたマーケティングを成功させる人が一番偉いという意味だ。

実は零細企業の経営者のほとんどは、販売戦略も建てないし、マーケティングもしない。
だから、営業年数を重ねる毎に下請体質になってしまう。
3次請け、4次請けの仕事ばかりやっている零細企業など五万といる。
当然、儲からない。

この場合、元請が一番儲かるのがセオリーだ。
エンドユーザーへ「売った」のは元請企業のみ。
元請企業は2次請け以下の企業から「仕入」をしてエンドユーザーへの納品を果たす。

2次請け以下の企業は、エンドユーザーへ直接商品やサービスを提供したい。
しかし、これがなかなかできない。
この壁を突き抜けるためには、知識、企画力、管理能力、資金、評判、信頼、営業年数、歴史、許認可、法規制など、様々な要因をクリアしなければいけない。

携帯電話なんかは販売店よりキャリアの方が儲かっているんじゃないかって?
そんなわけはない。
携帯電話ショップというのは一部を覗いて「販売代理店」だ。
エンドユーザーと契約を結ぶのはキャリアであって、販売代理店は報酬をもらうだけだ。
だから売ったのはキャリア。
偉いのは売れる商品・サービスをもっているキャリアという図式になる。

元請企業の能力は高い。
知識、企画力、管理能力、資金、評判、信頼、営業年数、歴史、許認可、法規制など、様々な要因をクリアしてきた猛者と言える。
2次請け以下の業務内容、原価、コスト、利益に至るまで、多くの情報を把握することができる。
2次請け以下の企業を管理する能力を持ち、正確に評価をすることもできる。
だから、安定したクオリティーの商品やサービスをエンドユーザーに提供できる。
結果、元請企業の商品・サービスが選ばれる。

「偉い」というのは同時に「辛い」立場でもある。
「売る人」には最大限の敬意を払った方が良い。
ただし、もちろん身分が高いというわけではなく、媚びへつらうという意味でもない。

時給換算で価格を決める人は儲からない

価格を決める時。
見積をする時。
時給換算で金額を決める人が非常に多い。
これでは儲からない。
おそらく10年頑張ってもたいした資産は残せないだろう。
なぜか?

逆から考えていこう。
時給換算で金額を決めてしまうと儲かる方法が一気に限られてくる。

1.高単価な時給を設定する
2.大量の仕事を獲得し、大量の労働力を確保して対応する
3.低時給の労働力を確保して対応する

ざっとこんなものだ。
次に各項目の現実を解説する。

1について。
高単価を設定するのは非常に難しい。
優秀な人材は貴重なので多くを確保することが難しい。
また優秀な人材にはそれ相応の報酬が必要となるので、高単価で稼いでも高単価な報酬が必要となる。

2について。
大量の仕事を獲得することも非常に難しい。
また獲得するためのコストも量に比例して高くなる。
大量の労働力を確保するのも同様に量に比例してコストが高くなる。

3について。
1と2が難しいという現実の結果、多くの場合は低時給の労働力を確保しようという方向へ向かいはじめる。
そして、競合達との価格競争へと突入し、さらに値下げ、賃下げを繰り返すという負のスパイラルが回りはじめる。
また低時給の労働者というのは管理コストが高く、労働者を管理するための労働力にも悩まされることになる。

ちなみに、正社員であれば最低でも時間単価で粗利4000円を稼ぐ必要がある。
粗利6000円でやっと一人前。
粗利8000円稼ぐことができれば、十分な社会保障と給与を支払うことができるレベルになる。
高単価というレベルになると粗利10000円以上になるだろう。

さて、話を本題に戻そう。
それでは、儲かったと実感できるようになるためにはどうしたら良いのか?
それは商品やサービスの価格を時給換算で計算するのではなく「可能な限り高く買ってもらう」という一点に尽きる。
本来、商品やサービスの価格は「買って欲しい金額」を現実的な範囲でつけるべきなのだ。

高く買ってもらうというのは簡単なことではない。
だから、多くの経営者が「安くしてたくさん売ろう」という簡単な手法を選んでしまうのも無理はない。
しかし、薄利多売は大手の専売特許。
スケールメリットの暴力を振りかざす大手との価格戦争は自殺行為と言っても良い。
高く買ってもらうことが難しいから、多くの経営者が安売合戦のドロ沼にハマっていくのだ。

賢い中小企業の経営者は安売をしない。
その代わりに自社の商品、サービスにありとあらゆる付加価値を盛り付けようとする。

一定のニーズを強く満たすように特化する。
商品の見た目を整え、印象を良くする。
販売、提供する担当の教育をする。
アフターフォローを強化する。
自己顕示欲を満たすステイタス間を演出する。
他の商品、サービスと連携できるようにする。
コミュニティーを提供して顧客を会員化する。

方法は様々だが多岐に渡る戦略の元、付加価値を創造しまくる。
こうやって、金額や数値には表れないパラメータを上げていくのだ。

時給換算で金額を決める以上、いつまで経っても「売上と人件費の差額」で利益を上げることになる。
この場合、規模(従業員)を大きくするといつか収拾がつかなくなる。
しかし、その時には既に後戻り(リストラ・倒産)はできない。
必死で自転車(営業・納品)を漕ぎ続けることになる。

このように時給換算から生まれるのは自転車操業ビジネスだ。

【吉野家炎上】早稲田大学の社会人向けに行われたマーケティング講座

早稲田大学の社会人向けに行われたマーケティング講座にて、講師を担当した吉野家の役員が「生娘をジャブ漬け作戦」と銘打った論理を展開したらしい。

そして、当然、炎上。

残念な話だ。

 

この話を聞いて、思い出した書籍がある。

それがこれ。

 

 

15年くらい前だろうか?

私はこの書籍を書店で手にとった。

「恋愛」と「MBA」というフックパンチに当時の私はノックダウン。

すぐさま購入を決意。

そして、帰ってすぐに読みはじめ、一気に読み終えた。

そこそこ若かった当時の私にとっては、良い書籍だったと今でも思う。

 

おそらく、吉野家の役員もこの書籍の内容に近い論理を展開したのではないかと思う。

受講生を講義の早期の段階でノックダウンさせるためのキーワードを検討。

社会人向けということで強いキーワードを設定。

結果、炎上。

ここは残念。

 

しかし、マーケティングというのは、人の心をノックダウンさせることが重要なのは間違いない。

良い方、悪い方、どちらであっても、人の心を揺らすことからスタートなのだ。

また、どちらの揺れ方も同時に起こる。

一番の失敗は、どちらの揺れも起こらないこと。

そういった意味では、今回の講座は揺れに揺れた。

おそらく、受講生の中には、楽しんで話を聞いた人も一定数いるだろう。

そういう人にとっては、良い講座だったのだ。

 

人の心が揺れさなければ、商品は売れない。

足元のない駆け出しの中には、は炎上させてでも商品を売ろうとする野心溢れる人もいる。

今回に限っては、吉野家という企業はそんなことをする必要がない企業なので、講師である役員のキーワード選択ミスだったことは間違いない。

しかし、少なくともそのクリエイティブな姿勢は評価したいと思う。

そして、ぜひその講義を受けてみたかったとも思う。

彼が吉野家という企業の看板を背負っていたことが残念でならない。